さっきから、ちらちらと道の両側にイワナシの花が見える。西丸震哉が「日本百山」の中で「・・・まわりがどれほど原始的であろうと、道そのものは人の足が山体をひっかいた傷あとだ。」と言う。今登っている登山道も、またそのように「無惨な傷跡」に見えてしようがなかった。それに比べるとイワナシの花は、瑞々しく透きとおっているピンクの薄ら氷、清楚にして純朴・・・とでも形容出来ようか。
ところで、これは、淡い桃紫色の花から想像できないほど地味な色合いの素朴で茶色の果実をつける。ここに植物の一途なまでの不思議な営みを見るような気がする。この花の精は清楚や純朴を果実の姿にまで昇華させているに違いない。彼女たちは彫り込まれた登山道の法面に、自分や昇華した姿を突き出して、平身低頭していることが多い。だから、花ですら萼や柄がやっと支えているような重さを感じさせる。だが、目の前の花は光沢のある深緑に近い葉を従えて、平地を這うようにして咲いていた。