2001.9.12判決要旨

注1 スキャナ使用のため誤字・脱字等がある可能性がありますのでご了承ください
注2 パソコン機種依存文字の「@@(まるいち)」などは「((1))」というように、2重カッコで表現しました。
注3 原告団の代表者以外の氏名は伏せ字とさせていただきましたのでご了承ください。


平成12年(ワ)第62号 立木伐採工事等差止請求事件

判決要旨
原告 神直臣他56名
被告 株式会社コクド

主文
1 本件訴えのうち、原告らの主位的請求に係る部分を却下する。
2 原告らの予備的請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1 請求

(主位的請求)
1 被告は、青森県西津軽郡鯵ケ沢町大字長平町字西岩木山国有林七七林班内の士地(以下「本件土地」という。)において、立木の伐採、樹根の採掘、開墾その他土地の形質を変更する一切の行為をしてはならない。
2 被告は、本件土地において、スキー場の建設、リフトやその他建築物の建設その他二切の工事をしてはならない。
(予備的請求)
 被告は、本件土地に設置した索道施設、防災施設等のスキー場設備を撤去し、立木を伐採等する以前の原状に復せ。

第2 事案の概要

1 本件は、被告が本件土地にスキー場拡張工事(以下「本件工事」という。)を計画し、あるいは同工事を完了させたとして、原告らが、水利権、人格権(生命・身体)及ぴ財産権並びに自然享受権(環境権)に基づき、主位的に本件工事の差止めを、予備的にスキー場設備を撤去し、本件工事以前の状態に復すことを求めるものである。

2 争いのない事実等
(1)当事者
((1)) 原告神直臣、××、××、××、××、××、××、××、××、××、××、井上祐一、××、××、××、××、××、××、××、××、××、××、××、××、××、××、××及び××の原告28名(以下、同28名に原告△×を加えて「原告神ら」という。)は、青森県西津軽郡鯵ケ沢町に居住して同町内で農業を営む者であり、原告××は、鯵ケ沢町内で農業を営む者である。原告△×は、鯵ケ沢町に居住する者である(なお、原告らは、原告△×が同町内で農業を営んでいると主張するが、証拠はない。)。
((2)) 原告○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、阿部東、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○、○○及ぴ○○の原告27名は、青森県内に居住する者である。
((3)) 被告は、スキー場等のリゾート施設の建設及ぴ運営等を目的とする株式会社であり、本件土地に隣接する場所において、「鯵ケ沢スキー場」、「鯵ケ沢高原ゴルフ場」等を開設、運営している。

(2)本件工事計画の概要
 被告は、本件土地に隣接する既設の鯵ケ沢スキー場(以下「本件スキー場」という。)の拡張を行う本件工事を計画したが、その概要は次のとおりである。
((1)) 所在地本件土地
((2)) 面積拡張計画区域38・76へクタール
      (内訳)開発区域 10.30へクタール
          残置森林 28.46へクタール
((3)) 索道施設二人乗りリフト 1170メートル
((4)) コース Aコース   1170メートル
       Bコース   668メートル
       連絡コース  A600メートル
       連絡コース  B530メートル
      (連絡コースはいずれも既設スキー場区域内)
((5)) 渡河橋 Aコース内に設置 7メートル×10メートル
((6)) 防災施設 コンクリート堰堤(谷止兼洪水調節)
       H7メートル×L41.5メートル構工L=1040メートルH=0.5メートル

3 争点(争点に対する当事者の主張は省賂)
(1)本件工事が完成し、同工卒の差止めを求める訴えの利益が失われたか(本案前の主張)。
(2)本件工事は、原告らの権利を侵害するか(違法性)。

第3 当裁判所の判断

1 本件工事が完成し、同工事の差止めを求める訴えの利益が失われたか(争点1)。

(1) 本件訴えのうち、主位的請求に係る部分は、原告らが水利権、人格権(生命・身体)及ぴ財産権並ぴに自然享有権(環境権)に基づき、本件土地における立木の伐採、樹根の採掘、開墾その他士地の形質を変更する一切の行為及びスキー場の建設、リフトやその他建築物の建設その他一切の工事の差止めを求めるものである。
(2) 証拠(乙12、13)及ぴ弁論の全趣旨によれぱ、被告は、平成12年11月24日、本件工事が同月21日に完了したとして、鯵ケ沢町長に対し、工事完了届を提出したこと、同月27日、鯵ケ沢町長が、被告に対し、現地を検査した上で、工事完成検査の通知をしたことが認められ、以上の事実に、乙14の1ないし14の写真等をあわせて考慮すると、本件工事は、遅くとも平成12年11月27日までには完了したものと認められる。
(3) そうすると、本件訴えのうち、本件工事による侵害行為の差止めを求める主位的請求に係る部分については、本件工事が完了したことにより訴えの利益を失ったものというべきである。なお、主位的請求の第1項は、本件土地内における立木の伐採等の差止めを求めるものであって、必ずしも本件工事にかかわらないかのような文言となっているが、原告らの訴えが、本件工事に基づく同各行為の差止めを求めるものであることは明らかであるし、仮にそうでないとしても、本件工事以外に被告が同各侵害行為を行うおそれがあるとの主張もない以上、訴えの利益はないものと解される。

2 本件工事は、原告らの権利を侵害するか(争点2)。

(1)水利権に対する侵害の危険性について

((1)) 前記争いのない事実等、証拠(甲11の2ないし60、甲12、14)及ぴ弁論の全趣旨によれば、原告神らが、本件土地を水源とする鳴沢川及ぴ湯舟川の周辺地域を田、りんご畑、牛舎として利用していること、原告神ら自身は昭和の年代から、向原告らの父や祖父らはそれよりも相当前からこれらの地域で長年にわたって農業等を行っていることが認められ、このような事実からすれば、原告神らには債行上の水利権を認めることができるものというべきである。
((2)) そして、この水利権は、物権類似の権利として、これに対する侵害の危険性が生じた場合には妨害排除の権利行使をすることができるものと解されるから、本件工事により、原告神らの水利権の侵害の危険性が生じたといえるかどうかについて検討する。
 この点について、原告神らは、鳴沢川・湯舟川の水量はもともと需要水を賄うには十分ではなく、本件工事で多くの樹木が伐採されることにより、その地域の保水能力が大幅に減少したと主張する。しかし、水利権は、河川の全水量を独占的排他的に利用することができる絶対不可侵の権利ではなく、使用目的を充たすに必要な限度の流水を使用することができる権利にすぎないものである上、乙15の1、2の写真等によれば、平成13年6月8日現在、鳴沢川及ぴ湯舟川には水量が相当程度あることが認められるところ、本件においては、原告神らの農業等に使用するための水量としてどの程度のものが必要であり、本件工事前にはどの程度の水量であったものが、本件工事によりどの程度に減少したのかについて、具体的には全く明らかになっていないし、原告神らが行う農業等に具体的な支障が生じていることをうかがわせる証拠も何ら存しないのであって、結局のところ、本件全証拠によっても、本件工事によって、原告神らの水利権の侵害の危険性が生じたと認めることはできないといわざるを得ない。
 よって、本件工事により水利権侵害の危険性が生じたとする原告神らの主張は理由がない。

(2)人格権(生命・身体)及び財産権に対する侵害の危険性について

 この点について、原告神らは、本件スキー場開設時点で大鳴沢谷頭部の地形の不安定性と将来の土石流発生の可能性が明らかになっており、本件工事で立木の伐採、樹根の採掘、開墾その他土地の形質の変更をすると、土石流発生の危険性が増大すると主張する。
 確かに、本件スキー場開設前の自然環境影響調査報告書(財団法人国立公園協会が昭和63年3月付けで作成したもの。甲7)によれば、浸食地形は従前の本件スキー場計画地の外側東南に位置する大鳴沢谷頭部や南側山頂に近い西法寺森周辺に集中していること、岩木山の北側斜面の大部分は、緩斜面の山麓面や扇状地面からなっており、全体的に安定しているが、大鳴沢谷頭部の崩壊地と土石流堆積物・渓床堆積物の分布及ぴ西法寺森北側の地滑り跡地の分布の2点が不安定要素として挙げられている土とが認められる。また、桧垣大助作成の「鯵ケ沢スキー場拡張計画に関する調査報告書に関する疑問点(防災面)」と題する書面(甲13)によれぱ、((1))地滑りの危険性について、「認められた地すべり地形は、スキー場拡張予定コースが通っている所にある。現地調査では、たしかに亀裂・明瞭な滑落崖・立ち木の傾斜倒伏などは見られず現在は安定している地すべりと言える。しかし、地表からの降水浸透の変化や切り士等の人為改変によっては不安定化しないとは言えず、スキー場の表流水処理や土工事に地すべり地形の上をコースが通過するという点での配慮が必要である。」、((2))開発に伴う防災対策として、「上に述べた地すべりの問題から、水切り工の流末をLS2地すべり滑落崖地形(標高800m付近の急斜面)に置くと、地下水浸透が現状より増え地すべり不安定化の危険を否定できない。また、LS1の下部の地すべりでできた緩斜面(標高700−630m)では現在表層の細粒物質の洗い出しが進んでいると見られる。ここのガリー状の谷に水切り工からの表流水を集中させると、いっそう表層物質の浸食が進み、周囲のぶな林の存続にも悪影響を与える可能性がある。慎重な表流水処理系統の計画が必要である。」、((3))水源酒養機能の維持等に及ぼす影響について、「スキー場開発による流出の変化は、林地と草地で降水流出に大差がない(報告書)とすれば、森林であった時に比べての違いは、地表流の多くが水切り工によって集中的に処理されることになり、それがスキー場周囲の林地の浸食や地すべりの安定度維持に影響するという問題になろう。」、((4))スキーコース予定斜面の地形について、「地すべり地は、末端が沢に活発に浸食されている状態ではなく、地形的に見て形成は古く、現在は安定していると考えられる。しかし、融雪期等地下水は豊富と考えられ、しかも流路では岩塊がごろごろした状態が見られることから、細粒物質の洗い出しが進んでいる。このため、スキー場を建設した場合森林伐採エリアの表面排水路を適切に施さないと流路への流入水が増え、流路沿いの浸食が活発化しガリーが形成されると予想される。」としている。
 これらによれば、本件工事がされた本件土地内にはもともと安定した地すべり地形が存在していたことが認められ、本件工事を実施しなければこれが地滑りを起こす危険性はさほど高いものではなかったが、本件工事を行うことによって地形が不安定化するなどし、地すべり等が発生する危険性を抽象的には否定し得ないことがうかがえるものの、その危険性がどの程度のものであるのかについては明らかではないし、その危険も表流水の処理を行うなどの方法によって回避することが可能であることがうかがわれる。また、証拠(乙9、11)によれぱ、本件工事の中には、開発行為(立木伐採・造成工事等)による士砂の流出を防止するためえん堤(貯水量5158.9立方メートル)の設置が含まれているほか、造成工事等により地表面が裸地化した箇所については、早期緑化を実施するとされている(面積9797平方メートル)ことも認められる。そうすると、このような事情を総合考慮すれば、本件工事によって作られた本件スキー場の拡張部分を撤去して、原状に復せしめなければならないほど、土石流が発生し、原告神らの生命、身体、財産を侵害する具体的な危険があるとまで認めることはできない。
 よって、この点に関する原告神らの主張も理由がない。

(3)自然享有権(環境権)に対する侵害の危険性について

 原告らは、まず、良好な環境を保全する権利を自然享有権(環境権)と称して、憲法13条及ぴ25条により基礎づけられる権利であると主張する。しかし、原告らが主張する権利の内容自年抽象的で不明確である(誰が権利の主体で、どのような内容であるのか等)といわざるを得ず、このような権利を実定法上具体的権利として是認することはできない。よって、その余の点について判断するまでもなく、このような権利に基づく原告ら請求を認める余地はない。

3 以上によれば、本件訴えのうち、主位的請求に係る部分は、訴えの利益を失ったものとして不適法であるから、却下することとし、予備的請求は、理由がないから、棄却することとする。